「しぐさ」の内側に起こるもの

October 6, 2016

「心理」 「物理的統一体」としての人間の本質上、「しぐさ」の外側に色々な変化を生み出していくのです。

どんな「実践動作」の場合にも、目に観える、耳に聞こえる形や動きの上には、その内側をさぐる手がかりが散りばめられているのです。

それを観聞きし、その前後関係、周囲との関係を観極めれば、「初めての仕事」 「慣れた仕事」 「怠けている」 「張り切っている」 「何かに気をとられている」などの、おおよその見当がつくのです。

 

ここで大切な事は、読んで分かる様に「観察」です。

この「観察」が、一言で納得いく様であれば、本当に理解した事にはならないのです。

 

外から観るだけで、その「しぐさ」の本当の意味がすっかり理解できるはずがないのです。

 

仕事を実際に処理する仕方やその成果というものは、その人の人格、仕事との関係、他の人間との関係、その世界を知るうえでの、一番大事な目安になるのです。

 

何かを表す事を目的としない、どんな「しぐさ」も、外から観れば、だいたいは表現なのです。

欲しようと欲しまいと、常に一種の「みぶり」であるのです。

何かを表す、何かが表れることを狙いとする「演劇」の場合には、「しぐさ」のこの「みぶり的」な面が何かを表す、あらゆる実践動作をその表現性という点から捉えて、整理したり磨きをかけたりすることが大切になってくるのです。

この表現性ということに重点をおけば、ある実践動作の全過程、その置かれている全場面が示される必要はないのです。

いくつかの特徴的な部分を観聞きするだけで、自分の経験や想像力で補い意味を先取りできるのです。

おそらく「演劇的真実」と言う事を考えるうえでの、大事な手がかりのひとつになるのです。

 

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