演出の在り方

October 1, 2016

 

舞台表現は様々です。それは類は同じでも、その中で分類が多くあると言う事です。

その中で演劇と言う分野を僕らは行っているのです。が、その演劇でも様々なものがあり、共通の形を引き出すのはやっかいなものです。

 

ひとつの演劇の作品を観ても、集まる役者は様々であり、役者の共通を引き出していくのもやっかいなものです。それぞれの役者の個性を引き出して、才能を開花させていかなければなりません。

役者は演出家のお人形さんであってはいけないのです。演出と役者は対等でなければいけないのです。対等だからこそ、ひとつの物語を完成させられるのです。

 

この対等が演劇を創り上げていくと言う前提になければいけないのです。そうでなければ、演出家の権力で抑圧された稽古となり、表現の自由性がなくなってしまい、役者やその他のアーティストの才能を開花させることができなくなるのです。

 

ここで理解しておかなければならないのは「自由と放置」です。

 

演劇での表現を完成させたり、関わる全てのアーティストの才能を開花させるには、創り上げていく上で自由でなければなりません。では自由とは何か?これが勘違いされている事が多いのです。

 

自由とは、ある決まりごとの枠の中で思うように行っていくことです。

 

放置とは、決まりごとを無視し、関わりを持たずに好き勝手に行動する事です。

 

これは子育てや、人材育成でも当たり前の前提として理解しておかなればいけないことなのです。

 

演劇は関わる全てのアーティストを自由の中で才能を開花させなければいけないのです。

 

その頂点に立ち、管理するのが演出家なのです。昔ながらの稽古を行っている劇団がまだありますが、人はその時代と共に変わっていく為、稽古の行い方や、演劇での作品の創作方法も変わっていかなければならないのです。

 

集まる役者は様々です。その役者の共通を引き出していくのは困難であります。が、集まったアーティスト達の共通を見出していくことは出来るのです。これができない演出家は、演劇での作品を創り上げることはできずに、独裁的な稽古になり、信頼をなくし、孤立してしまうのです。そんな演出を多くみてきました。僕自身も、若い頃はそんな演出であったことを思い出します。

 

演出は人材を育成していくことが出来る人物でなければ、作品を創り上げていくことができないのです。

 

僕の場合は、団員を観ることで、自分の演出がダメであり、古いものだと気づいたのです。だからと言って、今現在の僕が演出に適しているかは分かりません。良い演出をすると言うより、ご来場、観劇されたお客様に、僕達の作品の中に組み込まれたシグナルが伝わる様に作品創りを行っていく事が大切だと考えています。

 

「天空のハルモニア」だけではなく、作品の中には、作者の思いがあり、現在に訴えるシグナルがあります。それを如何にして伝えるか、伝わるかを常に考え、感じ、あぐねています。

 

Please reload

特集記事

「伝える人」になる。

October 5, 2016

1/3
Please reload

最新記事

October 18, 2019