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4月25日の稽古

稽古を積み重ねていくと意識しなくても必要ではない部分が剥がれ落ちてくるものです。今回もそうありました(*^^*)

必要でない部分ってのは長く持ち続けていくことはできないものです。

そして変に力を入れてしまう部分は必要ではないのです。

ここで大切なのは「脱力」ということです。

役者の演技には2つあります。

役者の内側→心の演技

役者の外側→身体の演技

どちにも「脱力」が必要なのです。

内側が脱力していても、外側に脱力できてなかったり、その反対もあります。

どちらも「脱力」することができるのが、「瞑想」なのです。

芝居をするうえで方向を示し舵をとるのは「演出」の役目です。漕ぎ手は「役者」です。「台本」は船の役割です。

どの方向へ示し、どう舵を取るのも自由であり、どんな風に漕ぐのかも自由である。

この2つの役割をしっかり果たすことが大切なのです。

しかし船である「台本」は共通していくものであり、「ルールブック」であり共有していくものなのです。

その船を無視することはできないけれど、どう漕ぐのかは自由なのです。

この「自由」ってことに役者は戸惑ってしまうのです。

演出頼りの芝居になってしまい、役者の追求が薄くなってしまい。面白くない演技や芝居になってしまうのです。

ここで理解しておかなければいけないのは「自由」と「放置」は違うってことです。

自由とは決まったルールの中で協動していくうえに成り立つものである。

好き勝手に行うことではない。

「台本」を逸脱することなく、自由な表現を行うことが素晴らしい舞台を表現を生み出していくのです。


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