「eidos」から本質を捉えてはいけない。

最終更新: 2019年8月28日

人材育成で一番してはいけないことは、「eidos」から本質を捉えてはいけないと言うことです。


「eidos」とは?ギリシア語では「見る」(見かけ外見を意味する)。哲学後では「形相」であり、英語では「form」です。


簡単に言えば、見かけや外見は「本質」ではないと言うことです。では、「本質」とは何か?

本質とは「力」なのです。私たちの中で恒常性のもった力が働くことなのです。


例) 家畜された馬と野生のシマウマを比較してみましょう。


家畜されたう馬も野生のシマウマは、色や模様が違うけどどちらも形は同じで同じ馬なのです。しかし、家畜された馬は人を乗せることができます。野生のシマウマは人を乗せることはしないのです。

普通、動物は自分の背中を預けるなどという危険なことはしないのです。

家畜された馬と野生のシマウマが持っている「力」は、その性質が大きく異なっています。


大切なのは、力の性質に注目することなのです。


その観点でみると、家畜された馬と野生のシマウマはまるで別の存在として現れます。形で捉えてしまうと両者は同じ馬と考えてしまうのです。

人材育成の視点から考えてみます。

女性男性を本質とする存在として捉えると、どんな個人史を持ち、どんな環境で誰と、どんな関係を持って生きてきて、どんな性質の力を持っているのかが無視されてしまうのです。


例えば「あなたは女性(男性)であることを本質としているのだから、女性(男性)らしくありなさい」なんて判断されてしまう。


「eidos」から本質を考えると、「女性は女性らしく」「男性は男性らしく」となりかねないのです。


相手の「どんな個人史」「どんな環境」「誰とどんな関係を持って生きてきて」「どんな性質の力を持っている」のかを無視せずに、各固体が持っている「力」に注目することが大切なのです。

そうすると、モノの見方も、様々な判断の仕方も大きく変わってくるのです。


難しく書いていますが、決して難しくはないのです。ただ、相手の本質や性質を観れないモノに人材育成は難しいのかもしれません。でも、観れないのではなく、知らない「無知」なのかもしれません。



                  スピノザ「エチカ」より


次回は、組み合わせについてアップします。

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